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ブギウギ花田鈴子のモデルは笠置シヅ子!生い立ちや経歴を紹介!

2023年10月よりスタートするNHK連続テレビ小説(朝ドラ)『ブギウギ』。

ヒロイン花田鈴子のモデルとなっているのは、「ブギの女王」笠置シヅ子さんです。

今回は、笠置シヅ子さんの生い立ちや経歴、代表曲などをご紹介します。

 

ブギウギのヒロインモデル・笠置シヅ子はどんな人?

 

笠置シヅ子さんの本名は亀井 静子(かめい しずこ)。戦前から戦後にかけて活躍した歌手、女優です。

特に戦後は「ブギの女王」として一世を風靡し、戦前から戦後にかけて日本の歌謡界に大きな影響を与えました。

 

躍動感のあるリズムと派手なダンスパフォーマンスを日本の音楽に導入し、革命を起こしたことで今でも語り継がれています。

幼少期から波乱万丈な人生を送りながらも、自身もシングルマザーとして娘を育ててきた笠置シヅ子さん。

まずは笠置シヅ子さんの生い立ちからみていきましょう。

 

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ブギウギのヒロインモデル・笠置シヅ子の生い立ちと経歴

笠置シヅ子は、大正3年(1914年)8月25日に現在の香川県東かがわ市黒羽に生まれます。

 

父親の実家は製糖会社を営んでおり、父・三谷陳平は郵便局員として働いていました。

当時、三谷家に家事見習いで同居していた谷口鳴尾が母親です。

 

亀井家の養女に

母・谷口鳴尾がシヅ子を授かったとき、三谷家は結婚を反対。鳴尾は、実家に戻りひとりでシヅ子を産み育てることになります。

しかし、鳴尾の乳の出が悪く、亀井ウメという方に貰い乳を頼みました。

それがきっかけとなり、シヅ子は、亀井ウメの養女となります。

その時から大阪での生活が始まりました。

 

シヅ子は当初、亀井ミツエと名付けられましたが、小学校入学時に、亀井志津子、そして10歳の時に亀井静子と改名しています。

 

松竹楽劇部生徒養成所へ

笠置シヅ子は、昭和2年(1927年)に小学校を卒業すると、宝塚音楽歌劇学校を受験。

しかし、踊りや歌唱力の実力は認められたものの、身長が低く、瘦せ型の体形によって不合格となります。

 

歌うことを諦められないシヅ子は、松竹楽劇部生徒養成所を受験。

そして、合格すると、三笠静子の芸名で初舞台を踏むことに。

 

シヅ子は昭和8年(1933年)に「秋のおどり・女鳴神」で人気になり、翌年には「恋のステップ」でレコードデビューを果たします。

その後、昭和10年に「笠置 シズ子」へと改名しました。

 

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服部良一との出会い

昭和13年、シヅ子に服部良一との運命の出会いが訪れました。

服部良一とタッグを組み、シヅ子はジャズ歌手1号として注目されます。

 

しかし、戦争の影響もあり当時は派手な芸能活動が制限されていた時代です。翌14年には、劇場への出演を禁止されてしまいます。

活動が制限される中、戦後、昭和22年に発売された「東京ブギウギ」が大ヒット。

服部良一とのコンビで、「買物ブギ」や「大阪ブギ」など、ブギものをヒットさせ、「ブギの女王」と呼ばれます。

 

歌手から女優へ

昭和32年頃、シヅ子は歌手を廃業し女優として再スタートをきります。

このとき、笠置シズ子⇒「笠置シヅ子」に改名しました。

 

この後、引退後もシヅ子は、公私ともに鼻歌さえも歌わなかったといわれています。

得意の大阪弁を活かした軽やかな演技で多くの作品に出演し、ときには歌合戦番組の審査員として、またCMに出演するなど幅広い分野で活躍しました。

 

晩年は体調を崩すことが多くなり、昭和60年(1985年)3月30日、笠置シヅ子は70歳の生涯を終えました。死因は、卵巣ガンとされています。

 

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笠置シヅ子の代表曲は?

 

笠置シヅ子さんの代表曲は、こちら↓↓

  • 東京ブギウギ
  • ジャングル・ブギー
  • ホームラン・ブギ
  • 大阪ブギウギ名古屋ブギー
  • セコハン娘
  • 私の猛獣狩
  • ヘイヘイ・ブギー
  • 買物ブギー

 

「ブギの女王」と言われただけあり、ご当地ブギが多いですね。

 

「東京ブギウギ」は、1947年に発表されて大ヒットした日本の歌謡曲とされ、戦後の日本を代表する曲。

「大阪ブギウギ」は、ご当地ブギの中で一番売れたといわれています。

また、「セコハン娘」にあっては、かの美空ひばりさんはこの曲の物真似でデビューすることになったとか。

笠置シヅ子さんのNHK紅白歌合戦は4度。全てブギを歌っています。

 

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笠置シヅ子の家族構成|夫や娘は?

笠置シヅ子さんの私生活にも目を向けてみましょう。

シヅ子さんは、吉本興業創業者・吉本せいの息子・吉本穎右と知り合い、恋に落ちます。しかし交際し、吉本穎右さんの子を授かったにも関わらず、結婚を反対されてしまうのです。

 

吉本穎右はシヅ子より6つ年下の男性。ふたりは結婚を誓い合って同棲生活を始めます。

 

しかし、子どもの父親となるはずの吉本穎右は、結核により25歳の若さで亡くなってしまいます。

その数日後にシヅ子は、34歳で娘を出産したのでした。

 

結婚に反対していた吉本穎右の母・吉本せいですが、息子の棺桶にシヅ子の写真を入れていたといいます。

 

吉本穎右の遺言により、娘の名前をエイ子と名付けたシヅ子。

シングルマザーとして楽屋にエイ子を寝かせ、ミルクを与えながら育てていたようです。

 

子育てをしながら舞台を務める姿には、多くの女性の共感を呼びました。

 

以上、今回は、朝ドラ「ブギウギ」のヒロインの実在モデル・笠置シヅ子さんについてご紹介しました。趣里さん演じる花田鈴子のストーリー、楽しみですね!

 

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