2025年前期の朝ドラ『あんぱん』、第12週のタイトルは「紙芝居と銃声と空襲と」。
中国・福建省に上陸した崇の部隊は、戦火のただ中で一時の平穏と、やがて訪れる激動の現実に直面していきます。
この週は、崇の紙芝居作りという一見穏やかな任務から始まり、銃声が響く戦場の緊張、そして高知への空襲へと続いていく怒涛の展開。やなせたかしさん本人の実体験をベースにしながら、戦争という異常な日常を生きる若者たちの姿を丁寧に描いています。
この記事ではあんぱん第12週(第56話~第60話)のあらすじをご紹介します。ネタバレにご注意ください。
あんぱん|第12週のネタバレとあらすじ
第56話 宣撫班という、もうひとつの任務
崇が配属されたのは福建省の宣撫班。戦火はまだ遠く、崇たちの任務は地元の住民と友好関係を築くこと。崇は紙芝居で子どもたちと心を通わせる道を模索しはじめます。
偶然見かけたのは、部隊の田川岩男兵長が現地の少年・リンと仲良く遊ぶ姿。その光景にヒントを得た崇は、同じ部隊の辛島健太郎上等兵を仲間に引き入れ、紙芝居制作に本腰を入れていきます。
第57話 紙芝居「双生」の誕生と予期せぬ反応
ついに完成した紙芝居。そのタイトルは「双生」。
争い合う二人の男が、実は双子の兄弟だったと知り、和解するという物語です。
この物語は、異なる文化や立場でも理解し合えるという崇の願いを込めたものでした。審査に立ち会った八木上等兵の後押しもあり、村人の前で披露されることに。
ところが、崇たちの意図とは少し違うポイントで笑いが起こってしまいます。それでも、会場に響いたその笑い声は、崇の心に小さな手応えを残しました。
第58話 戦火が日常を飲み込むとき
1945年。敵の攻撃が本格化し、崇は宣撫班の任務を離れ、戦闘部隊に復帰することに。補給が途絶え、食料も底をつきかける中、隊員たちは疲弊しながら日々を送ります。
ある日、崇・今野康太・神野軍曹の3人が巡回任務中、康太が空腹のあまり現地民の家に押し入ろうとする場面に遭遇。そこで出されたのは「産みたての卵」。その温かさと静けさに、兵士たちは一瞬だけ人間に戻ったような表情を見せます。
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第59話 銃声の正体と岩男の最期
そんな中、駐屯地の外から突如として発砲音が響きます。撃ったのは、かつて紙芝居にも笑ってくれた少年・リンです。そして撃たれたのは岩男でした。
騒然とする駐屯地。兵士たちはリンを追い詰めようとしますが、岩男は最期の言葉で「よくやった」とつぶやきます。怒りではなく、どこか納得するような、安堵にも似た笑顔でした。
この出来事は、崇たちにとって「戦争の本質」に触れる瞬間となります。
第60話 遠く離れた高知に降りかかる炎
その頃、高知では半年ぶりに若松次郎からの葉書が届きます。次郎は肺の病を患い、呉の海軍病院に入院していました。
のぶは見舞いに訪れ、朝田家や学校の様子を話します。次郎は、のぶがかつて“愛国の鑑”と呼ばれていたことに触れ、「今はもう違う考えなんだろう」と穏やかに問いかけます。のぶも静かに頷きます。
そして、その夜──1945年7月4日午前2時。高知市内を多数の米軍機が襲撃。街は火の海に包まれ、戦争の恐ろしさが、のぶの目の前に突きつけられるのです。
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あんぱん|第12週のあらすじ解説
やなせたかしの実体験が色濃く反映
この週で描かれた崇の紙芝居作りは、やなせたかし本人の経験に基づいています。やなせは中国・福州で暗号班として従軍していた際、宣撫班として紙芝居を作り村々を巡回していたと『アンパンマンの遺書』で語っています。
塹壕に身を潜めることもなく、防空用の穴を掘る日々。そして、村人とのささやかな交流の中に、彼は“優しさ”の本質を見出していきます。
幻か現か、父の面影
第12週では、崇が空腹と疲労の極限状態で、亡き父・柳井清の幻を見るシーンも登場します。実際にやなせたかしも、自身の著書の中で「父と同じ道をたどっている気がする」と語っており、その感覚は幻と現実の狭間に立たされるような、不思議な実感だったと記しています。
かつて父が歩いた中国の山岳地帯。その道と重なるように進軍していた自分の足跡。その一致が、彼に運命を感じさせたのかもしれません。
戦場にも、ささやかな人間味を
あんぱん第12週は、紙芝居という温かな営みから、突然の空襲まで、心の振れ幅が大きな週となりました。
戦争の非情さに覆われながらも、少年との交流や兄弟の約束、そして敵味方を超えた思いやりが描かれ、人間が人間らしくあろうとする姿が静かに響いてきます。
“戦う”だけが戦場ではない。
“守る”“伝える”“悔いる”そして“笑わせる”という行動にもまた、強さがあるのだと気づかされる一週間になりそうですね。
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