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らんまん徳永助教授(田中哲司)のモデルは松村任三!業績や牧野富太郎との関係は?

2023-05-15

今回は、NHKの朝ドラ「らんまん」の中で、東京大学・助教授として登場する「徳永政市」にフォーカス。

田中哲司さん演じる徳永政市のモデルは松村任三さんという方ですが、どんな方なのでしょうか?

牧野富太郎博士との関係もリサーチしました。

 

らんまん徳永助教授のモデルは松村任三!何をした人?

近代植物学の基礎を築いた人物として知られている、植物学者・松村任三氏。

らんまん徳永政市のモデル松村任三

まずは、簡単なプロフィールからご紹介します。

松村任三(まつむら・じんぞう)

  • 1856年(安政3年)~1928年(昭和3年)
  • 理学博士・元東京帝国大学(現東京大学)教授。
  • 日本の植物分類学、生理学、生態学、細胞学、形態学、生物化学、遺伝学等植物学研究の基礎を築き、ソメイヨシノやワサビに学名をつける
  • 妹のきくは植物学者・池野成一郎(牧野富太郎の親友)と結婚

 

朝ドラらんまんで登場する徳永助教授(田中哲司さん)のモデルとして設定されていますね。

松村任三氏の生い立ちや経歴などを見ていきましょう。

 

松村任三の生家と生い立ち

松村任三は、1856年2月14日(安政3年1月9日)に、常陸国多賀郡下手綱村(茨城県高萩市)において、常陸松岡藩の家老・松村儀夫の長男として誕生します。

3歳の頃から、中国の学問である漢学を習い始め、1861年には、わずか5歳で、水戸藩主の前において、儒教の経書の中でも重要とされている四書五経を読み上げます。

9歳になると、水戸藩の学校・就将館に入学。

中国の難しい本を読み、武術にも励んでいたそうです。

 

(2012年12月10日、茨城県高萩市松村任三のかやぶき屋根の生家が火災で全焼し、ニュースにもなりました。)

 

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東大助教授から小石川植物園の初代園長に

松村任三は、1870年、15歳になると独学で英語の勉強をスタート。

水戸藩からの推薦で、大学南校(東京大学の前身・東京開成学校)に入学します。

 

1876年に東京開成学校を退学し、1877年(明治10年)に、東京大学小石川植物園で公務をしながら、植物学者・矢田部良吉教授の助手となります。

その後、矢田部良吉教授に連れられて、全国各地を旅しながら、植物採集をすることになります。

 

そこで植物研究を始めました。その後の経歴がこちらです。

  • 1883年(明治16年)、研究努力が認められる形となり、東京大学の助教授になる。
  • 1885年(明治18年)、日本の植物だけでなく世界中の植物を研究するため、ドイツに留学
  • 1888年(明治21年)、帰国後日本全国の植物採集に力を入れる。
  • 1897年(明治30年)、東京帝国大学付属小石川植物園の初代園長になる。
  • 1928年5月4日、脳溢血により72歳の時に没(東京本郷自宅にて)

 

松村任三の主な業績は?

ドイツに留学して帰国後、36歳で理学博士となった松村任三さん。

その時に、東京帝国大学植物学教室の二代目教授となり、現在の植物学教室の基礎を築きます。

松村任三氏には、1884年以降、数多くの著作があり、植物学だけでなく、漢字和音や地名の語源、神名の語源等、国文学言語学に関する著作も発表されています。

 

1890年(明治23年)に、東京大学植物学科の教授となり、以降32年間、研究と教育に努めました。

また、東京大学植物標本室の建設にも力を注ぎ、実際に矢田部良吉教授の下作製した標本を、標本室に収めていたとされています。

 

ソメイヨシノやワサビ等、150種類以上に及ぶ植物の学名の名付け親であり、中国の医薬に関する学問と近代植物の橋渡し役も担いました。

植物を分類するための植物解剖学という新しい学問を広めた人物でもあります。

位階や勲章等も授与され、日本の植物学者・日本の分類学者として記録に残されています。

 

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松村任三と牧野富太郎の関係は?

牧野富太郎

次に、らんまんで徳永政市のモデルとなっている松村任三さんと牧野富太郎氏の関係を見ていきましょう。

 

当初、小学校中退の学歴しか持たない牧野富太郎氏が、東大植物研究室に出入りすることに反対していた松村任三氏ですが、次第に牧野富太郎の知識や才能、植物学への熱意に驚き、認めるようになります。

牧野富太郎氏が日本植物誌を出版したときは、松村任三氏が絶賛していたと牧野富太郎氏の自叙伝に記述があります。

『日本植物志』第一巻第一集が出たのは、明治二十一年十一月であったが、当時大学の助教授であった松村任三先生は、私のこの出版を非常に讃め称えてくれ、私のために特に批評の筆をとられ、その中には、「余は今日只今、日本帝国内に、本邦植物図志を著すべき人は、牧野富太郎氏一人あるのみ」の句さえあった。

牧野富太郎自叙伝

さらに、牧野富太郎氏が矢田部教授から研究室への出入りを禁じられた後、松村任三が教授になった際は、牧野富太郎氏を助手として大学に呼び寄せています。

⇒ らんまん田邊教授(要潤)のモデルは矢田部良吉!牧野富太郎との確執や非職の理由は?

 

そのように、互いに実力を認め合い信頼していた時期もあったふたりの関係ですが、次第にその関係性は崩れていくことに…。

松村任三氏が自ら植物分類学を教え始めると、牧野富太郎を大学から排除するような動きをみせます。

 

牧野富太郎が、松村任三から勧められた縁談を断わったこともあるようです。

 

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らんまん徳永政市役は田中哲司

らんまんで徳永助教授を演じる田中哲司さん

NHK朝ドラ「らんまん」で、松村任三のモデル・徳永政市を演じるのは、俳優として活躍中の田中哲司さん

女優として活躍中の仲間由紀恵さんと2014年に結婚し、現在は男の子2人の父親でもあります。

 

田中哲司さんのNHK朝ドラ出演は、「まんぷく」に続いて2作目。

 

田中哲司さんの実家が造園業で、植物好きなことから、徳永政市の役に馴染んでいるとのこと。

堅物で凡人な人物ですが、なんとも味わい深く、愛くるしい人物の役だと感じているようですよ。

朝ドラらんまんでは、どんなキャラクターになるのか楽しみですね!

 

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