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牧野富太郎博士と昭和天皇の交流エピソード!雑草にまつわる名言はいつどこで?

2023-04-21

「雑草という名の草は無い」という名言を残している植物学者の牧野富太郎博士。

その言葉は、昭和天皇のお言葉としても知られていますね。

おふたりにはどのようなご交流があったのでしょうか?

アイスクリームの差し入れなど、心温まるエピソードをご紹介します。

 

牧野富太郎と昭和天皇の交流エピソード

牧野富太郎博士

日本の植物分類学の父として知られる牧野富太郎博士。

そして、生物学者としても世界的に高い評価を得ている昭和天皇。

おふたりはどのような交流があったのでしょうか?

まずは、共通する名言「雑草いう名の草は無い」について調べてみましょう。

 

雑草にまつわる名言はいつ、どこで生まれた?

牧野富太郎さんの名言はいつ生まれたのでしょうか?

それは、作家の山本周五郎氏にかけられた言葉だといいます。

 

山本周五郎氏がまだ記者として仕事をしていた時代(昭和3年頃)に、牧野富太郎博士を取材していたときのこと。

山本周五郎氏が「雑草」という言葉を口走った際に、牧野富太郎氏が指摘をされたそうです。

 周五郎が「雑草」という言葉を口走った時、博士はなじるような口調で言ったという。「きみ、世の中に〝雑草〟という草は無い。どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」。周五郎は木村に対し、「これにはおれも、一発ガクンとやられたような気がした」と語っている。

引用:高知新聞

 

一方の昭和天皇の名言に関してはどうでしょうか?

 

こちらは、昭和天皇が侍従の方に対してかけられたお言葉ですね。

草刈りを実施して、一部の雑草を刈り残したことをお詫びした際に、

「雑草という草はない。どんな植物でもみな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方で、これを雑草として決めつけてしまうのはいけない。注意するように。」

とおっしゃったというエピソードが残っています。

 

牧野富太郎博士から昭和天皇へのご進講

生物学者でもあられた昭和天皇は、牧野富太郎氏の「牧野日本植物図鑑」を参照しながら、植物観察をされていたそうです。

 

昭和23年には、86歳の牧野富太郎氏は皇居に招かれ、昭和天皇へのご進講を行いました。

昭和天皇の標本を最初に鑑定したのも牧野富太郎博士です。

 

アイスクリームのお見舞い

また昭和31年7月、牧野富太郎氏の容態が重篤な状態であることが報道された際、昭和天皇は、富太郎氏に「早くよくなるように」と使者に伝言を託し、見舞いのアイスクリームを差し入れてくださったそうです。

その日は何も喉を通らなかった牧野富太郎氏ですが、天皇陛下からの御言葉をきいて、そのうれしさに、茶さじ2杯のアイスクリームを口にしたそうです。

参考:我が思ひ出  遺稿より

 

そして、天皇陛下は、牧野富太郎氏が死去した際には、祭粢料と切り花を贈りました。

 

「オオアラセイトウ」

牧野富太郎博士と昭和天皇に関係するエピソードがもうひとつ。

牧野富太郎が命名したオオアラセイトウ

こちらの紫色のかわいい花、

  • オオアラセイトウ
  • ムラサキハナナ
  • ショカツサイ

など、流通する名前が多数あるため、論争が起きました。

 

その際に、

「牧野が、最初にオオアラセイトウの和名をつけているのだから、それでよいのではないか」

との昭和天皇が勅裁されたというお話です。

 

オオアラセイトウは、牧野富太郎博士が名付けていたのですね。

ハナダイコンと呼ばれることもありますが、オオアラセイトウとハナダイコンは厳密には異なる植物なのだそうです。

 

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牧野富太郎博士は昭和天皇のことを…

牧野富太郎博士のひ孫・牧野一浡さんも、富太郎博士と昭和天皇の交流エピソードを語っておられます。

 

インタビューで、昭和天皇の印象を尋ねられた牧野富太郎博士は、

「友達みたいでした」

と答えられているそうです。

牧野一浡さんは富太郎博士について、

「植物が好きな人はみんなお友達」

という感じだったといいますが、お茶目で素敵な方ですね。

 

というわけで、今回は

「雑草という草はない」という共通の名言を残した牧野富太郎博士と昭和天皇のエピソードをご紹介しました。

 

朝ドラらんまんを鑑賞しながら、改めて植物への敬意を払いたいと思います。

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