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風、薫る

朝ドラ『風、薫る』ネタバレとあらすじ第25週

朝ドラ『風、薫る』第25週のあらすじをまとめました。

放送は9月14日(月)から9月18日(金)までの5日間です。

※この記事にはネタバレがありますのでご注意ください。

朝ドラ|風、薫るのネタバレとあらすじ第25週

朝ドラ風薫るのあらすじとネタバレ

東京看護婦会に、ツヤという女性が突然訪ねてきます。

ツヤの願いは、看護婦として働かせてもらうこと。

しかし、すぐに看護婦として働けるわけではありません。

 

ツヤの思いを知ったりんと直美は、自分たちの手で看護婦として育てていこうと決意します。

こうして、りんたちは「看護する側を育てる」という新たな役目を担うことに。

 

一方、東京では看護婦の資格や仕事のあり方を定める「東京府看護婦規則」制定への動きが進んでいました。

看護婦という職業そのものが、大きな転換期を迎えようとしていました。

 

「風、薫る」前週のあらすじ 「風、薫る」最終週のあらすじ

「風、薫る」のあらすじ全話まとめ

 

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「風、薫る」第25週のあらすじ解説

第25週のテーマは「看護婦を育てる、という新しい役目」です。

ここでは、りんのモデル・大関和さんと直美のモデル・鈴木雅さんが実際に行っていた看護婦養成のしくみ、そして当時の看護婦の資格をめぐる状況を、裏付けの取れた史実にもとづいてたどります。

りんと直美も、かつては学ぶ側だった

大関和さんと鈴木雅さんは明治19年(1886年)、桜井女学校附属看護婦養成所の1期生として入学し、アメリカ人看護婦のアグネス・ヴェッチさんから看護を学びました

東京看護婦会に設けられた養成のための講習所

鈴木雅さんが設立し、のちに大関和さんが引き継いだ東京看護婦会には、看護婦養成のための講習所が開設されていました。

大関和さん自身も教員となり、そのほかの専任教員や嘱託医師によって、実践的な看護教育が行われていたといわれています。

貧しい女性にも開かれていた「給費生」の枠

この講習所には、貧しい人でも看護婦になれるよう給費生の枠が用意されていました。

経済的な事情に関わらず学べるしくみは、女性が自分の力で生きていく道を開くことにもつながったと伝えられています。

看護婦の資格制度は、産婆より遅れていた

産婆については明治32年(1899年)に全国共通の「産婆規則」が定められ、資格の基準が法律で明文化されていました。

一方、看護婦の資格や業務のあり方を定めた全国共通の「看護婦規則」が施行されたのは、大正4年(1915年)のことです。

りんと直美が生きていたこの時代、看護婦にはまだ産婆のような全国共通の資格制度がありませんでした。

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